かいだんめぐり
【注意】刀匠(性別不詳)が喋ります。
自己解釈満載です。
PC版の残り香がするかもしれません。
真っ暗。
最初に出てきた感想は、なんとも単純なものだった。
夜の半ばに目が覚めてしまったのだろうか。
いや、それだったらどうして立っているのか──そう、目を開けたら暗闇の中で立ち尽くしていたのだ。
寝惚けて布団から抜け出してしまったのだろうか?それなら屋敷内のはずなのに、こんなにも暗い場所は無いはずだ。蔵の入り口を閉め切ってしまえば、あるいは……。けれど蔵の扉には鍵を掛けているはず。眠ったまま徘徊した挙句に、蔵の鍵を持ち出して開けるという夢遊病かと思う所業をしたとは考えたくない。今までこんな事は無かったのだから、それはあり得ないと結論付ける。
それならばこれは一体……夢か。
刀匠は特に意味はないけれど、すぅっと息を吸い、吐いてから目を閉じた。
どうか夢から覚めますように、と願いを込めて。
目を覚ました……と思いたい。実際は閉じた目を開けたと言うのが正しいという突っ込みは受け付けない。受付ようにも、目蓋を開けた瞳が映しているのは黒。
暗い、どこまでも暗く、自分自身さえも黒に呑まれて定かではない。
こんな時はどうするのが最善か。①とりあえず行き着く端まで行ってみる。②この場に留まる。
①の場合、端がなければ体力尽きて万策尽きるし、道中に穴があったりしても詰む。
②の場合、何も起きなければ詰む。
どうしたものかと悩み続けていると、微かな物音が聞こえた気がした。じっと耳をすませると、じゃら、じゃらっと幾つもの珠がぶつかる音が聞こえた。
じゃら、じゃら……ずるっ、じゃらっ、次第に大きく聞こえるようになってくると、珠の同士が鳴らす音に加えて、何か重たいものを引きずる音もしている。珠の音だけなら心当たりがあったが、混ざる異音に知らず身を固くする。
「あら?この気配……姿は見えませぬけれど、紛れも無く」
数珠丸れん。
聞こえた声は心当たりのあったそれに違いなく。無意識のうちに止めていた息を盛大に吐き出した。
刀匠の屋敷に在籍する真剣少女の一人はそんなこちらの内心の激動を知らずか、平素と変わらず、うふふと笑った。姿は見えないけれど、きっといつもと同じ笑みを浮かべているのだろう。
「どうかしましたか?もしやお怪我をなさって……」
何も話さずにいたところ、心配をさせてしまったようで、慌ててそんなことは無いと告げる。
「それはなによりです。ところで、何故この様な所に?」
「それが……目が覚めたらこうだったから、どうしても何も……」
「そうでしたか。では……行きましょうか」
お手を失礼します。
その言葉の後に、手に少し温度の低い柔らかな感触が伝わり、ゆっくりと腕が引かれ、持ち上がる。手が触れる前にした、どさりとそこそこの重量のある物が落ちる音には触れないで置く。今はこれ以上の事態は飲み込めない。
引かれるままに足を進めていく。ゆっくりとした歩みのおかげで、見えない足をもつれさせる心配はない。
それにしても先程手を取った時といい、迷いなく進む足取りといい、彼女には見えているのだろうか。
「いいえ。私の目に映るのは、どこまでも暗闇ですね」
疑問に対する答えは、自分と同じであるというものであった。
「よく、迷いなく進めるね」
「迷いなく、ですか。ええ、そうですね。穢れを祓い、己に問いかけ迷いを断つ。全て必要な事ですから」
「その言い方、まるで修行だ」
「あら。その通りですよ?これは修行です」
さも当たり前だと言わんばかりの返答に、思わず、え?と間の抜けた声が出てしまった。
「戒壇巡をご存知ですか?」
「かいだん……めぐり?」
階段、怪談……と当てはまる漢字をさがしていたところ、またしても見透かされた様に戒壇という字だと教えられた。
「寺院の御本尊様の下にある、長い地下回廊を巡るのです。真っ暗な中を、ただひたすらに。そうすることで穢れが祓われ、心身が清められる」
真っ暗な中を、まさに今この状況だなとありきたりな感想を抱きながら、続く言葉を待つ。
「暗闇の静寂の中を進むことで、己を省み、贖罪をする修行。またの呼び方を“胎内巡り”と言います」
「胎内?」
「はい。修行を終えると、穢れが祓われ、生まれ変わることが出来るのです」
御仏の胎内を巡るということですよ。
付け加えるように言われた言葉。胎内……からだのうちがわ。
そう認識を始めた途端に、周りの闇に包み込まれているような、暗闇が蠢き胎動しているような錯覚に陥いる。
このままでは闇に飲み込まれて行くのではないだろうかという疑念が、ゆっくりと濃度を増して行く。鼓動が速度を増し、つられる様に呼吸も速くなる。
「……怖いですか?」
握る手に力が込められる。
「暗闇が怖いですか?それとも──“生まれ変わる”ことが怖いのですか?」
何も映すことがない目に、振り返りこちらに顔を向ける様子が見える気がした。
何が怖いのだろうか。そう、ただ暗いことが、暗闇の中を想像して、可能性に恐怖を覚えているのだ。
生まれ変わることに関しては、比喩の様なものだと思っている。巡り終えた身でも、この身であるならそれは自分自身だと。
「暗い、ことかな……。見えないから、考えてしまう。もしかしての可能性に、怖いと思ってしまう」
「……そうでしたか。余計なことを言いましたね」
すみません、忘れて下さい、と言う声からは落ち込みが伝わる。
「いや、大丈夫だよ。ちょっとこの状況が続きすぎて……」
「慣れない身には、少し負担が大きいでしょう」
「はは……、面目ない」
せめてこの場の大きさや形が分かればとこぼすと、
「そうですね……通常でしたら回廊言うように四角の形ですが、かつては卍型もあったと聞きますので」
正確な形は不明ということらしい。
見知らぬ場所と知る場所、同じ距離でも体感時間や疲労感には差が出てしまうように、終わりが見えないことに対する焦燥が、少なからず溜息に混じる。
「うふふふ、ご安心を。貴方が正しい道を進む限り、私、奈落の底でもお供致しますわ」
聞いたことがある気がする台詞が終わると、いつの間にか止めてしまっていた歩みを再開する。
特に交わす言葉もなく、黙々と歩く。とにかく歩いている。
「まだかな……まだ着かないのかな」
そこまで疲労を感じていないことが、体力自信のない刀匠の救いだった。
「着くものではありません。終わるものですよ。終われば出られるはずです」
言葉遊びだろうか。終わればというのなら、早く終わって欲しいと切実に思う。
「ほら、終わりです」
願いが通じたのか、導かれる先が白に変わり、そして見慣れた景色へと転じる。
「はー……。ずっと暗い所に居たからか、光がもの凄く眩しい」
「うふふふ。……あら?どうやら探されている様ですね」
「本当だ」
目覚めのタイミングと、現在の陽の高さから考えると、結構な時間を彷徨っていたらしい。
長時間の行方不明によって、屋敷の中はちょっとした……どころではない騒動になっていた。
「早く姿を見せないと」
そい言って歩みを進めかけたところで、ふいに振り返り、
「どう?どこか変わっている様に見える?」
暗闇での問答を思い出して問いかける。
「いいえ。お変わりなく見えますよ」
「そっか。……残念だなー、もっと色々強化された刀匠になってると思ったのに」
冗談混じりの笑みを向けられ、目を細めた笑みを返す。
「……きっとあなたはまた忘れてしまうのでしょうね」
「え?」
拾いこぼした言葉を聞き返すも、何でもないと言われ、屋敷へと促される。
お館様、と一際大きく聞こえる声に、これは急がねばと思う頃には、こぼしたモノのことはそのままに。
「ええ。今は今を行いましょう。行先を案じた所で、所詮は道のままに」
遠ざかる背を見送りながら、伏せた瞳には再び闇が訪れる。けれど今は瞳を開けば明るい光景がきちんと見える。
「うふふ。それにしても、あなたと二人きりの時間が終わることに未練を感じるなど、私もまだまだ浅ましき身……」
やはりまだ修行が足りないですね、と独りごちて彼女も刀匠を追いかけて屋敷へと帰る。
今日が始まる。
- 後書き
- Webオンリー展示作品……の前にTwitterでの嘘の日企画で書いたものを大幅改修(毛色が違いすぎてもはや改ざん)したものです。
れん様を書くのは難しいです。特に言葉選びが。これも修行……!
密かに地元を元ネタシリーズ。
- 2023/06/01 Pixiv掲載作品再up