宵籠り

第三章  厳寒の候


 近頃……というか、三学期が始まってから御手杵の様子がおかしい。元々変ではあったが殊更におかしくなってると、もうすぐ授業が始まろうというのに姿が消えた教室できりこは嘆息する。これからは進路に影響してくる時期だというのに、どうしてそんな態度が取れるのだろうか。理由を訪ねてもはぐらかされるばかりで、生来の生真面目さを持つきりことしては、全くもって理解が及ばない行動だった。
 自分はしっかりと進路調査に希望を書いて提出したし、担任からはよく頑張るようにと、激励をもらったばかりだ。
「そういえば御手杵の進路、教えてもらっていないな……」
 用紙が配られた時には、
「あー……まぁ、なるようになるだろ」
 と、はぐらかしている様で、実際にはもはや御手杵の定型分になりつつある返答をもらっていた。そもそもを辿れば、進路の話を出したのは御手杵だったはず。当時は思い至らなかった自分が信じられないが、今では重要事項としてしっかりと身に刻んでいる。
 あの時の自分に起きた変化はいまだに消えることなくあり続けて、どうしても自身に対する違和感が拭えずにいるが、むしろ今違和感があるのは、姿を見せない御手杵と、御手杵がいないことを気にも留めないクラスメイト、そして教師達だった。特に今から授業が始まるのに出て行こうとするのを、ドア近くの生徒は止めもしない。止めもしない日々を繰り返している。そういえば、このクラスは自身以外に対してはあまり積極的ではないときりこは思い直した。それにしても度が過ぎている気もしないが。結果としてきりこはよく喋る相手が御手杵となっていたわけだが、他のクラスメイトと話さない訳ではない。わけではないが、話をしても内容が霧のように消えてしまう事にいつしか気がついた。そしてまたひとつの違和感が増えていく。



 *  *  *



 今年度最後になる期末試験を控えてもなお御手杵は自席を空けていることが多い。
 今は席替え結果で遠い席となってしまったため、隣同士だった間ほど会話をすることもなくなり、さらには御手杵が教室にいないため話をするにも一苦労だった。
 今日こそいい加減に理由を問いただそうと、そして自分の抱える違和感を聞いてもらおうと、朝からきりこは気合いを入れていた。
 その努力が実ったのは、朝一番。つまりは、登校直後を捕まえる戦法の結果だった。
 御手杵を教室の外へと再び連れ出し、
「やっと捕まえた」
 逃がすものかと、上着の裾を掴みながら度々姿を見せない理由を問う。
「一体何をしているんだ君は。今日こそ理由を聞かせてもらうし、それにだ、君、わかっているのかい?僕たちの卒業後の進路に関わってくる大事な時期になりつつあるんだぞ」
 「あーその、悪い。ちょっとこっちにも事情があってだな」
 歯切れの悪い返事にきりこの目が険しくなるのを横目に、いつぞやとはまるで逆の問いかけだなぁと、御手杵はぼんやりと思う。そして、今なら聞けるかもしれないと言葉を続ける。
「進路……ええと、進む路か。そうだなぁ……石田、お前はどうしたいんだ?」
「僕かい?僕はそうだね……もっともっと知らないことを学びたい。そしてそれを人に伝えていきたいと思ってる。そのために進む先を選んだよ」
「……そっか。そうだよな。お前はそうなんだよな……」
 きりこの返事を聞いた御手杵は、まるでとても大切な物を抱え込むような、その一方でどこか苦しさも含んでいるように聞こえ声で呟いた。
「どうしたんだい?僕の答えが何か変だとでも言うのか」
「いや、別にそんなことはない」
 ただ、まだお前は此処にいるんだな。
 決して音にしなかった言葉が空中に溶けていく。残念ながら溶けきってしまった言葉は、きりこには届くことはなく、
「御手杵、君は自分の進路を決めているのかい?残念ながら、前は聞くことができなかったから、よければ教えて欲しい」
「俺は……そうだな、自分の力をもっとつけたい。自分にしかできないことを見つけ出したいんだ」
 どこか遠くを、誰かを見ているように視線を空に彷徨わせながら、それでもはっきりとした声音で御手杵は答える。
「だったら、しっかりと授業は受けたまえよ。しっかりと準備を怠らないもの肝心だぞ」
「……ああ、そうだよな。悪いな石田。できれば授業の冊子見せてくんね?」
 冊子とはノートのことだろうか。御手杵は時々横文字に弱さを見せてくる時がある。
「構わないよ。ただし、汚したら承知しないからな!」
「わかった、努力はしてみる」
「そこに努力はしないでくれたまえ!」
「えー……ああ、うん。頑張ってみるわ」
「言ってることが変わってない!」
 先程までの深刻さはどこへやら、久しぶりに、そして色々な事に気を揉んでいたきりこにとっては、こうして軽口を言い合える時間は安寧をもたらすものであった。
 とは言ったものの、その後の御手杵の素行は回復することはなく、相変わらずほとんど授業に出ていなかった。そして周囲も変わらず、無反応であった。
 貸したノートはちゃんと返ってくるだろうかと、またしばらく御手杵と話すことができていないきりこは心配になってきていた。
 いざとなれば、また登校したてを捕まえるかと算段を立てていると、
「石田、今いいか?」
 御手杵の方から声をかけてきた。
「借りてたやつ、返しにきたんだ。ありがとうな」
 そう言って御手杵はきりこにノートを差し出した。きりこはノートの表紙を確認し、
「確かに返してもらったよ。少しは君の役に立てたかな……と言うよりも、これでいなかった分を補完できていなかったら怒るからな」
 立ち去っていく御手杵の背を見送って、きりこは返ってきたノートを開く。そしてすぐさま、
「御手杵‼︎」
 と呼ぶが、すでに姿は教室にはない。慌ててきりこも立ち去った背を追いかけると、教室を出て少し先の廊下で再び姿が見えたので、もう一度名を呼び止める。
「御手杵!」
 今度はしっかりと声が届き、呼ばれた御手杵は立ち止まり振り返る。
「なんだ、どうした?」
「一体何のつもりだい?」
 追いついたきりこは、さっき返ってきたノートをそのまま御手杵につき出す。開かれたページには何も書かれてはいなかった。
「……何がだ?」
 ノートを一瞥して御手杵は問い返す。
「悪ふざけにしては度が過ぎているぞ、君。僕のノートを返してもらおうか」
「返したぜ?ちゃんと表紙にお前の名前が書いてあるだろ」
 きりこの持つノートの表紙には確かに『石田  きりこ』と名が記されている。しかし、よく見ると空白部分に何かを書いて消したような跡が残っている。
「ああ、確かに僕の名前が書いてあるノートだ。筆跡も僕のものだ。だとしたら中身が真っ白なはずはない。勤勉な僕が授業を受けているのに何も書いていないはずがないだろ」
 だから御手杵が何かしたとしか思えない。





後書き
以降執筆中で本として発行予定。
現パロ風の意味が本領発揮し始めてきました。
第四章は御手杵視点の答え合わせ的な内容になる……はず。
2023/07/22 up(本丸屋敷交流録その弐展示)

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