第一章 晩春の候
【諸注意】
◆創作審神者及び、創作刀匠の存在が匂わせ程度にはあります。
◆原作で出てくる用語(例:放棄された歴史 等)について、自己解釈を多く含んでいます。
◆ブラウザ版しんけん‼︎を思わせる描写が出てきます。
◆全てのイベントを網羅してはいないため独自の解釈が多々あります。
◆キャラ同士の呼び方について、弊本丸屋敷町独自を含みます。
桜の花も散り終わり、樹々はすっかり眩いばかりの新緑を茂らせていた。
その合間を一人の少女が歩んでいる。
彼女の名前は、石田きりこ。そう今度のクラスメイトの前で名乗りと簡単な自己紹介を行ったのは、記憶に新しいようで、少し曖昧になりつつある。
きりこが登校する時には周囲には誰もいない。友人達と喋りながらの登校に対する憧れもあるのだが、どうしても先に先にと行動してしまう性分のため、いつも一人きりだった。
今日の時間割と予習はどうだったか……等と思いを馳せていると、不意に目の前にひらりと白いものが舞った。雪?今は春の終わりの頃合いなのに……と不思議がっていると、一片のみならず次々と、ひらりひらりと視界を埋めていく。まるで、そう——桜の花弁の様に。
桜、と認識した途端に周囲の樹々が色を変え、異空間へと入り込んだ様な錯覚を感じ、異様さに身が竦み困惑していると、突如として視界が大量の花弁に覆われてしまう。
「うわっ……!」
目に入り込まないように必死で両腕をかざしていると、花弁の隙間に深い緑の色が見え隠れし始めた。
「…………。ああ……、…………だ……」
距離があるため明瞭に聞き取ることはできないが、誰かと会話をしているようで、つまりはあの深緑は人であるらしい。いや、この異様な空間ではまだ人間と断定するのは危ない。ここは慎重に行動しなければ、と自分に言い聞かせる。
花弁の量が落ち着いてくると、徐々にその風貌が判別できるようになっていった。遠目であっても判る背の高さ、そして茶色の髪。その人物がゆっくりとこちらを振り返り——
「なに立ち止まってんだ?」
「うわあ‼︎」
唐突に背後から聞こえた声に、驚きの声が出てしまう。その時には先程の光景は夢か幻かのごとく消え、何事もなかったように学校の敷地へと戻っていた。
「お、御手杵!」
振り返り、急に声をかけてきた人物の名を半ば八つ当たり気味に呼ぶ。
ほぼ真後ろに居るため、見上げる首の角度がとんでもない事になるその人物、御手杵はいつも何かと絡んでくるきりこのクラスメイト——今年こそは別になって欲しかった——であった。
呼ばれた名に、おー、と間延びした返事をした彼は、不思議そうに首をかしげながらきりこを見ている。
「急に声をかけるのは止めたまえ!」
「いや、急も何も……きりこ、お前がずっと立ち止まってたんだろ」
「はぁ⁉︎」 確かに立ち止まっていたのは事実だが、その前に聞き逃すことのできなかった。
「いつから君は僕のことを名前で呼ぶようになったんだい?いつもは苗字で呼ぶくせに!」
そもそも名前で呼ぶことを許可した覚えすらないと、憤慨するきりこに対して御手杵は頬を掻く仕草をしながら、
「あー……うん、そうだったな。わりぃ、間違えたわ」
石田だな、石田。 繰り返し呼ばれる苗字は、どことなく覚え直すかのようにも思え、少し違和感が残った。けれど、それよりも先程の出来事が心に残り続けていたので、すぐに気にも残らなくなった。
立ち止まっていたと彼は言った。つまりは彼にはあの光景は見えていなかったのだろう。そうなると自分だけが見ていた夢なのだろうか。
「……御手杵、君に聞きたいのだがさっき何か見えていたか?」
聞いておいて自分でも意味のわからない質問だと、恥ずかしくなり顔が熱くなっている。
「何かって、何のことだ?」
「……いや、わからないならそれでいい」
きっとぼんやりしていて、夢を見ていたんだろう。ああ、でも……さっきの光景を、あの人影を自分はどこかで見た事があるような感覚が残っているのはどうしてなのか。
むむむ、と顔を顰めて考え始めたきりこは、自分を見下ろしている御手杵の視線に気が付く事はなかった。
* * *
御手杵の登校時間と重なっていた事から、時間ギリギリになってしまうと危惧していたけれど、教室に着いてみればいつも通りのままだった。その事実にきりこは思わず今日の天気の行方を心配してしまったとか。
雨になるのは嫌だなと、自分の席につき、教科書やノートを鞄から取り出して机にしまう。そうしていると、空いている前の席に御手杵が座る。
新しい学期が始まって、最初の席替えで御手杵がきりこの前の席となった。なってしまった。おかげで授業中は黒板を見るのに一苦労していた。次の席替えは中間テストが終わる頃になるだろうか……。その時には必ず背の高さを考慮してもらうと密かに決意していた。人によっては前の席がよかったり、後ろを希望する方が多いかもしれないが、生真面目な性分のきりこにとっては別に一番前でも構わないし、むしろ遮る物なく勉強ができることは願ったり叶ったりだ。決して背が低いからずっと一番前で過ごしてきたとかではない。決して。
まぁ、実際には御手杵が授業中に上体を起こしている事は稀で、この素行不良児はあろうことが授業のほとんどは机にうつ伏せているのだ。教師も今となってはほとんど注意をしなくなっている。それなのに成績は上位を維持しているのだから全くもって天は与える者に多く与え過ぎではないかと、もう少し——例えば自分にも身長があったりとか、日々真面目に過ごす身への還元がもう少し多くてもいいのではないのかと。
「なぁ、石田」
「何だい?」
気がつくと、御手杵がこちらを振り返っていたので、思考が中断される。
「あー……その、なんだ」
いまいち歯切れの悪い返答に、きりこは頭の中でいくつかの可能性を先んじて考え始めた。
「何か忘れ物でもしたのかい?それだったら僕じゃなくて隣の席へ聞かないと意味はないぞ」
「いや……そうじゃなくてだな……」
あーだのうーだのと言葉にすらならない声を出しながら、それでも何かを言いたそうな御手杵に対して、きりこは待ち続けた。待ち続けたが、それでも尚はっきりとしたことを言わない現状についには焦れてしまい、
「ああもう、なんだって言うんだ!」
と、苛立ちを僅かに含んで大きな声を出してしまった。けれども、周囲は気にした様子はない。
「ええと、なんて言うんだっけか……ほら、もうすぐあるだろ」
まさか怒らせてしまうとは思わなかったのか、若干慌てた様子で御手杵は言う。
もうすぐ、という言葉にきりこは今後の行事予定を頭に浮かべていた。
「もうすぐ……ああ、中間試験の事か?いや、君の場合は体育祭の事かな?」
「ああ、それだ、それ。俺は頭使うの得意じゃないから、体を動かす行事ばかりの方が嬉しいんだけどな」
「そうは言うけれど君、体育祭の後は期末試験があるんだぞ」
試験の単語に御手杵はうへぇ〜と声をあげて心底嫌そうな表情を浮かべる。だがきりこの記憶では、御手杵の成績は悪くなく、むしろ科目次第ではきりこよりも上であったはず。
今年こそは全ての科目において御手杵よりも上の順位になってやると、そして体育祭でも活躍してみせると密かに闘争心を燃やしていた。
そんな会話をしていると、授業が始まる時間を迎え、学生生活の一日が始まった。
- 後書き
- 現パロ「風」のお話が思いついたので書き進めてみました。
学生生活が昔過ぎて必死に調べましたよ……
- 2023/07/22 up(本丸屋敷交流録その弐展示)