○○喧嘩は犬も……?
「もうっ……知りません!」晴れ渡る空の下、屋敷町では五月雨ごうの声が響いていた。
至近距離でその声量を浴びた五月雨江は、いつもは伏せがちな瞳を丸く見開いて固まっていた。念のために添えておくと、刀剣男士による全力の発声に比べれば、少女の声は鼓膜には大したものではない。
少し時間を遡ってみよう。
とは言ったものの、特筆すべき出来事があった訳ではなく、いつもと同じ様に五月雨江が何かと五月雨ごうの世話をやいていただけだったと、一部始終を目撃していた者は証言している。
確かにいつも通りだった。そう五月雨江は思っているし、今日までは何も無かった。今日だけがいつもとは違っていた。
「え……っと、どうしたというのですか」
自分には思い当たることが無い為、ただただ困惑することしか出来ず、理由を教えてもらおうにも、彼女は眦を吊り上げてこちらを厳しい目で見つめていた。その姿には少しも威勢はなく、そういった感情が少し遠いところにありそうな彼女の意外な一面を見れている、などと見当違いの感想を抱きつつ、返事を待てども一向に返って来る様子は無い。
一方で五月雨ごうは、自分の行動が如何に理不尽なものであるか理解はしていた。けれど、この感情を抑えていられる箍は外れてしまった。ただほんの少しだけ、少しずつが積み重なってしまっただけ。けれど、段々と抱えきれなくなり、ついには溢れ出てしまった。
心配してくれるのは嬉しい、でも、そこには信頼があるの?
私はそんなにも頼りない?
__何も出来ない訳じゃない。
だから、今日はいつもなら言える「大丈夫」と「ありがとう」が言えなかった。代わりに出てくるのは「心配なんていらない」「放っておいて」ばかり。それでも尚言葉を重ねる相手に対して、何で言った通りにしてくれないのかと、いよいよ口から出てしまったのがあの一言だった。
「……放っておいて下さい」
俯き、絞り出す様な声で告げた言葉に覇気はない。先程とは違う意味で、1人で頭を冷やしたくて放っておいて欲しいと思っていた。
「嫌です」
思っていたけれど、返ってきたのは拒否。
「1人になりたいんです」
「出来ません」
「出来て下さい」
「拒否します」
「それを拒否します」
相手からの否定を重ねて否定していく。不毛なやり取りだと、そう思える余裕はない。
ますます顔を俯かせる彼女に、盛大な溜め息を吐くと、両手を頬に添えて少しだけ力を入れ、顔を上げさせる。
「少し黙って聞け」
流石に訳も分からず遠ざけられようとしている状況に苛立ち、いつもと違う荒っぽい口調になってしまった。聞き慣れないそれに、今度は五月雨ごうが目を見開いて固まった。
それを良いこととした五月雨江は、普段の口調に戻しつつ説き伏せ始める。
「飼い犬は、放って置かれることに不慣れなで、不安に思うものですよ」
- 後書き
- 飼い犬 とは?って書いた本人も思ってます。
もう!ってなるさみごうちゃんと、ですます口調が消える雨さんが書きたかった。ので、ちょっとした痴話喧嘩。
そんな日もあるよね、というお話。
- 2023/06/01 Privatter掲載作品再up